自己紹介
MEGUMI

 

・出身地  東京都
・血液型  A型
・身長  152センチ
・職業  HIPHOPダンサー/コリオグラファー/骨盤エクササイズインストラクター
・趣味  旅行 料理 釣り
・好きな色  ピンク ターコイズブルー
・好きなアーティスト  マイケルジャクソン ジャネットジャクソン 平井大
・好きなダンサー  Kayceerice  HaleyFitzgerald  Seanlew
・好きなもの  青い海、空、ニコちゃんグッズ、南の島
・好きな食べ物  肉 パクチー 納豆 アイスクリーム チーズケーキ

経歴
・大妻女子短期大学卒業後明治安田生命へ就職
・その後退職し、ボディモーション1期生としてエアロビクス養成学校へ入る
・エアロビクスインストラクターデビューし、東京、千葉、埼玉でレッスンを持つ
・イントラ2年目、渡米しHIPHOPを学ぶ(LAにて養成クラスを受講)
・R.William(レジーナ・ウィリアム) 卒業
・その後現地ハリウッド等でイベント、SHOW出演、振付を手掛け経験を積んでいく
・海外ダンサーとの共演
日本での活動としては、ダンススタジオ(個人スクール)、スポーツジム(Glod’sGym等)での指導、アーティストのバックダンサー&プロデュース、振付、ダンスイベントプロデュース
ドラマ出演、ラジオゲスト出演(InterFM897)
ダンスイベント「Dance Departure」 at 渋谷エッグマン オーガナイザー

はじめまして。

ダンサーのMEGUMIと申します。

このブログを始めるにあたり少しでも私の事を知って貰えたらなと思い、子供の頃からの出来事を振り返ってみたいと思います。

しばしお付き合いくださいませ^^

 

子供の頃

私、生まれた時、右足が変形していたんです。

五体満足で生まれてくることが出来なかったのです。

父いわく「足の先がなくて死ぬほど驚いた」

でも足の先がなかったわけではなく、手前にぐにゃって曲がって生まれちゃったらしくて。

なので、かかとが足のいちばん先の部分だったんですよね。

わかります?(笑)

足首から先が手前にぺたっとくっついてたらしい。

そりゃ初めての子供で足の指がないと思ったら衝撃だったと思います^^;

その後1年間ほどかけて病院に通い、マッサージ、リハビリ?等で足をはがし、徐々に治っていったらしい・・・

ほら、記憶はないから(笑)

ただ、将来普通の子のように走ったりできるかは保証されていなかったようです。

そして3歳になった時、また事件は起きました。

かかりつけの病院からいわれたのが

「白血病です」

え・・・・・・・・・・・・・・・?

両親は私が生まれてからたった3年で、2度もあり得ないくらいの驚きと悲しみと不安をつきつけられました。

これからどうなるんだろう・・と。

しかし、なんとこれ誤診だったという><

そんなことあるんですかねぇ。

でもそれを知った時「本当に本当によかった」と誤診の怒りより、安堵したようです。

今思うと心配かけて申し訳なかったなぁと。

そんな幼児期を送っていた私が小学生になってリレーの選手になった時はほんとに喜んでくれて。

そう、奇跡的に私は普通に歩けるようになり、走れるようになりました。

男の子に負けないくらいの活発な子供に成長。

スポーツ全般になんでもやっていたと思います。

ダンス以外は(笑)

そしてそこからは大きな病気もすることなく、時は流れ、女子高、女子短大とごくごく普通の女の子として過ごしていました。

ただ高校に入った頃から少しずつ感じていたことがあって。

「自分は何になりたいのか?」

「このままでいいのか?」

やりたいことが見つからない・・・そんなことを思い、迷いを感じ始めていました。

 

就職

やりたいことが見つからないまま、安定を求めて金融関係の会社に就職。

丸の内のOLになった私は、相変わらず「これでいいのかな?」とちょっとした違和感を感じつつも気がつかないふりをして毎日を送っていました。

しかし、金融は忙しかった!

毎日毎日、来る日も来る日も残業、残業・・・・

残業がつけられないくらい毎月膨大な時間の残業。

早朝に会社に行き、深夜に家に帰る、その繰り返しの日々でした。

ある日、とうとう身体が悲鳴をあげてしまったんです。

激しい頭痛に襲われ、病院で見てもらうと・・異常があるので脳外科で精密検査をします、と。

そして色々な検査をした結果、結局のところ原因はわからずでストレスからくるものだろうと。

今でも診察してくれた先生の言葉、覚えているんですよね。

「今すぐ命に別条があるわけではないけれど・・まぁ様子を見ますか」

え? 今すぐじゃなければ命に関わるの??

この時思いました。

「会社をやめよう」

その後少し休み、考えました。

自分にしか出来ない、そして人に喜ばれる、人の役に立つ仕事がしたいって思い始めました。

私に出来ることってなんだろう?

色々考えて、生まれた時は身体が不自由だった私が今こうやって健康で生活できているって奇跡だと思うんですよね。

身体が動かせる幸せを凄く感じているし、この楽しさを伝えたいって思いました。

 

フィットネスからダンスへ

そのタイミングでたまたまエアロビクスの日本代表の方から「養成に入ってインストラクターになる勉強をしない?」と。

凄いタイミング!  で即入ることを決め、そこからフィットネスの勉強を始め、半年後にはデビューさせてもらっていました。

私の場合、決めたらもうまっしぐらなんです(笑)

そして2年後くらいに養成学校の社長から「アメリカでHIPHOPの勉強をしないか?」と。

もう、これも即返事。

行きます! 行きます!!^^

自分の可能性なんてわからなかったけれど、その時はとにかくチャレンジしてみたい!って思ったんですよね。

それになんだかわからなかったけど、とにかく楽しそうな予感がしたから。

私の人生はここから「楽しい」にアンテナを張って進んでいきました。

 

LAの思い出

 

はじめてのアメリカ、ロサンゼルスの空は驚くほど青く、そしてとにかく大きくて。

ダンスがほぼ未経験だったので、はじめは大変でした(^^;

身体が思うように動かせなかったり、リズムが難しく感じたり、英語が全然わからなかったりで。

でも負けず嫌いだった私はとにかくダンスが上手くなりたい! とその思いから、それまでやっていたエアロビクスをやめ、友達と遊ぶこともやめて、ひたすらダンスのために時間を費やしました。

その後ロサンゼルスのスタジオには自力で毎年レッスンを受けに行くようになり、どんどんダンスの楽しさに引き込まれていきました。

ロスでの思い出はたくさんあるけれど、一番の思い出は銃撃戦に巻き込まれたこと><かな。

向こうで知り合ったダンサー友達のShowを見に行ったクラブで事件は起こりました。

私の後ろでパンっていう軽い風船が割れたような音が鳴ったと思った瞬間に「逃げろ~!!!」という叫び声。

その日、ヒールを履いていた私はそれを脱ぎ捨て、裸足でとにかくダッシュ、ダッシュ、ダッシュ!!!

後ろを振り向いたら撃たれるかもしれないっていう人生初めての恐怖><

今思い出しても手から汗が出ます(笑)

クラブ内ではギャングが来ていて争いになったようで7発の発砲、床は流血・・・マジの事件に遭遇しちゃったんですよね。

ギャングってほんとにいるんだって。。(;’∀’)

あ~、生きててよかったねーって心底思った瞬間でした。

LAに慣れてきてしまっていた頃だったので、やっぱり怖いとこだな・・と再確認。

 

<教訓> パスポートチェックのないクラブはご用心><

 

一番の試練

ダンスをしているとやっぱり故障はつきものでして・・・

膝、頸椎、股関節・・・と色々なところを痛めたのですが、でもわりと復活も早く、とりあえずは少し休めば復活できていました。

が、4年ほど前に右肩の腱を切ってしまい、もう右腕が1センチたりとも上にあげられなくなってしまったんです。

はじめは軽い炎症だっのが、毎日のレッスンに加えてイベント前だったので振付、リハーサルが立て込んでいて全く休むことができず、どんどん悪化していくのがわかりました。

そしてイベント当日、本番を迎えたのですがアドレナリン?なのか、2カ月ほど毎日痛かった肩に痛みを感じなかったんですよね。

そして本番は成功し、イベントも無事終了。

の、翌日からあり得ない痛みが襲ってきました。

本番のアドレナリンて凄いなって(苦笑)

でも、仕事はすぐには休めなかったので、病院で肩に痛み止めの注射を打ってもらいながらそこから1か月はごまかしつつ・・・最後の方は痛みで眠ることもできない日々でしたね。

全然よくならないので、もう一度レントゲンとMRIを撮ってもらったら

「1センチほど切れていますね」

の診断。

やっぱりなって思いました。

そして数日後には全く腕があがらなくなり

「ちゃんと休むかぁ」と。

ここから腕が上がるようになるまで8か月かかりました。

初めて長期で仕事を休むことになって、ずーっと走り続けてきたダンサー生活から距離を置き、色々なことを考える時間になりました。

6か月目までは全くよくならず、もう踊ることはできないんじゃないかっていう不安に押しつぶされそうな日々もあったのですが、ダンサー仲間が毎日連絡をくれて

「絶対治るから!」

って。

メールだけじゃなく、手紙を毎月くれた生徒さんもいて、本当に心強かったです。

この時期よくシクシク泣いていましたが(笑) でも仲間たちや待ってくれている生徒さんたちのおかげで、なんとか気持ちを持ちこたえることができたと思います。

本当に本当に感謝でいっぱい。

そして8か月後に復帰することができました。

このことでたくさんの事を学んだし、まわりの人達の愛もいっぱい感じられて、怪我自体は本当に辛かったけれど、凄く意味のある充電期間だったと思います。

自分はまわりに生かされているんだなと思った時間(とき)でした。

<教訓>怪我したら早く休むべし^^;

 

MG Style HIPHOP Dance School とは?

私が今指導しているクラスは現在9クラスあるのですが、その中で個人のスクールとして展開しているのが「MG Style」という私独自のスタイルで作っているダンススクールになります。

「MG Style」とはMEGUMIが作る、HIPHOPを軸としたものの中にJazz的要素を少し取り入れながら、音楽、歌詞、その背景を感じながら表現していく世界になります。

基本的にはLAスタイルHIPHOPに近いものだと思います。

ここでは75分、90分と時間をかけ、より丁寧に近い存在となってダンスを楽しんでもらいたく、そしてスキルアップしていけるような内容を組み立てています。

濃い内容のレッスンを展開していますが、スクール内は皆とても優しく明るい雰囲気なので、笑い声も絶えない環境になっています。

スタジオの場所は下北沢の「スタジオルウ」

金曜日、日曜日とクラスを行っているので、興味がある方、詳細を知りたい方は「お問い合わせ」からお気軽に質問やメッセージを下さい。

 

ダンサー生活20年を経て

ダンスの世界に入り20年という月日が流れ、いまだまだまだダンスの楽しさを追い求めています。

私は常に楽しいことにアンテナをはって生きています。

ダンスを始めたのも、LAへ渡ったのも全て「楽しそう」だったから。

人生は一度きりなので後悔なくやりたいことは全部やってやる!

 

LAで学んだダンスで私の人生は大きく変わりました。

身体が少し不自由だった子供の頃を思うと、今こうやってダンスをしていることが奇跡であり、そして両親をはじめ関わってくれた人たち全てに感謝でいっぱいです。

今までの経験や、LAでの感動や衝撃を自分なりに解釈し、それを自分のダンスで伝えていきたいなと考えて毎日スタジオに立っています。

ダンスの向こうにはいつもみんなの笑顔があります。

この笑顔をもっと広められたら、もっとHAPPYを届けられたらという願いからこのブログを始めました。

ダンスって本当に本当に楽しいんですよ!

ダンスのいいところはたくさんあるけれど、ひとつは仲間ができること。

普通に生活していては知り合えなかった人たちとの出会いがあるし、一生付き合える友にも出会える可能性があります。

私はダンスを通して出会えた仲間がいたからこそ、今こうやってこの世界で生きているんだと思います。

そしてもう一つは自分の可能性を感じられる、期待できる、そんな風に自分自身を見つめ直せる機会が持てることかなと。

もし、あなたが今まだダンスを始めたばかりなら、これからきっとたくさんの出会いがあって、たくさん笑い、悩み、そして色々な経験をしていくことができるでしょう。

私はそんなあなたのような、これからダンスを頑張りたいと思う人に寄り添ってダンスの楽しさを伝えていけたらと考えています。

 

私は一生チャレンジャーでいたい。

だからこれからも色々な顔を持つダンスの世界をもっともっと追い求めていこうと思っています。

 

このブログを見て頂いているあなたにも、もっとダンスを好きになってほしい。

これからのダンスLife、一緒に楽しんでいきましょう。